沖縄市立コザ小学校

 

小学校までは徒歩で通っていました。
大雨だろうが風が強かろうが関係なくひたすら徒歩です。
家に車がなかったから当然なのですが、周りの友人5-6人で待ち合わせて登校することが多かったので自然と歩いていたんだと思います。

目印になる建物は、正面入り口の道を挟んで向かいに大きなお墓がありました。
(現在はどうなっているか分かりませんが)
裏門からは道を挟んで市民会館があります。
小学校低学年の遠足は大体その中にある公園だったのを覚えています。

得意科目は特別ずば抜けているものはなく、平均して良い方でした。
4年生の時に担任が算数のテストで100点が5名でたらクラスでパーティーをしようと提案しました。
結果としてその中でメンバーに入っていたのを覚えています。
(というか文章を書いていたら思い出しました)
(もちろんクラスパーティーではヒーローです)

苦手科目は図工でした。
幼少期からぬりえや絵を描くことを嫌っていたようで、色づかいや写し絵なんかも苦手でした。
プラモデルを作るのは好きだったのですが、学校の工作などは全くをもって興味を示さなかったです。
体つきはぽっちゃり系でしたが動くのは好きだったので「動けるぽちゃキャラ」で体育もどちらかといえば得意(好き)でした。

良く遊んでいたメンバーは比較的おとなしいタイプだったのですが、クラスには6階建ての家に住んでいるおぼっちゃまがいたり、その筋の方々が住んでいる隣に家があるとう意味不明な理由で威張っている男子がいたり、ジャニーズJr.大ファンの女子がいました。

一年生の時に給食のスプーンをマジックのように曲げては戻して遊んでいたら折れたことがあります。
その時に人生で初の「本気ビンタ」をされました。
その担任の先生は忘れられません。

いま思い返せば毎日ハッピーデーでした。
(おそらく世の中の人は皆同じことを思っているでしょう)
朝はとりあえず起きて学校に行く。「今日は何しようかなーとか、あれやらないと」のような考えは一切なく、その時を全力で楽しむ毎日を過ごしていました。
6年生の夏休みは毎日自転車で仲良しメンバーと出かけていました。
その中でも片道30km近くあるところまで探検しようと思いつきでスタートしたことがあります。
朝6:00頃から5?6人集合して目的はひとつ。
「とりあえずそこまで行ってみよう」
細かいことは一切考えず行ってみようの思いひとつで一日がスタート。
所持金は1人120円くらい。
お腹が空いたら近くの商店に入って駄菓子を食べ、喉が渇いたらファストフード店に入り「お水ちょーだい!」とおねだり。
目的地であろう周辺に到着して、滞在時間は20?30分。着いた時点で正午ぐらいになっているので帰りの門限を考えると余韻に浸るヒマもなく帰路へ。
帰りはかなりスムーズで、休憩ポイントは来た道の商店とファストフード店。
あとはひたすら自転車をこいで家に帰りました。
特に何かをしたわけではないのですが、「してやった感と達成感」で満たされていました。

嫌だったことは特に覚えていませんが、原因不明の嘔吐が続いたことがあります。
まだ低学年の頃、登校途中、急に吐き気がしてそのまま嘔吐してしまいました。
その後は特に何もなく1日を過ごすのですが、翌日も同じ場所で嘔吐しました。
どのぐらいの期間続いたのか忘れてしまいましたが、何今となっては霊的な通り道、もしくはその場所で事故か何かあったのかなと思うしかないです。

越来(ごえく)中学校。
そこで人生で初めての恋をしました。